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神戸から。 [宝もん]

今日はNY時間で阪神淡路大震災のあった1/17(日本時間では昨日)です。
ついつい東日本大震災に意識がいって、神戸で起こった大震災はすでに復興したもの
だという感覚になりがちですが、今も尚苦しい気持ちを抱えてらっしゃるかたも多い
と思います。
NYにいると少し平和ぼけしてて地震に対する意識が薄れているのも事実です。
久しぶりにその頃の映像を観て、当時のことを思い出しました。
僕は地震後に少しだけ香ろ園の小学校にお邪魔して炊き出しのお手伝いをしたことが
あったのですが、それはそれはあの年は寒い冬でした。
運動場には自衛隊のかたが仮設のお風呂をつくってくれていたので、「いつきみたち
は入浴するの?」と尋ねると「ぼくらは人を助けに来ているので基本的にお風呂は入
らないんです」と淡々と言ってました。炊き出しのテントでは順番待ちの最後の方に
弁当が手渡らないこともありました。
メイクアップアーテイストのかたたちが車で駆けつけて「青空散髪や」を開催したり、
太鼓を持って来てみんなで運動場の真ん中で鳴らして盛り上げたり、それぞれがそれ
ぞれの得意分野を持ち寄って、助け合い支え合っていたように思います。
トイレは柄杓で水を汲んで流します。手を柄杓の水を無駄遣いしないようにちょぼち
ょぼ洗っていると隣にいた女性が「あたしはファンクラブの○○○○番なんです。
あー、こんなところで会えるなんて」と握手をかわしたのですが、お互いに柄杓の水
で手が濡れていたのでしばし笑い合いました。

これがひとつのきっかけになり、弾き語りミニコンサートを音楽室でやろうというふ
うに思い立ち、僕が滞在した最後の日に校内放送で呼びかけました。
すると10数人集まってくれました。倒れていたピアノとオルガンをみんなでおこし
て、椅子を配置して手作りで。
いざ歌い始めると、なかなか唄を伝えるのがむつかしいことに気づきました。「リア
ル」という曲のサビで「リアルに生きてるか」と歌う場所があるのですが、こういう
リアルすぎる状況で充分頑張って生きているのに、そんな問いかけをされても困るよ
な」と正直思いました。元気になるようにと選曲したつもりだったのが、、、。
ピアノの音に声がかき消されて歌詞が聞こえづらくなるところもあり、ひとりでこう
いう状況で演奏するには、力不足なのだなと感じました。その頃大きな会場で機
材やスタッフに守られながら演奏をしていた自分の「弱い部分」が、現実にさら
けだされたのだと恥ずかしくなりました。でも伝えるしかない、あとへ引けない。
すぐさまオルガンに移動して、地震が起こった
ちょうどその時間に作っていた新しい曲「ぼくらの階段」の話をしてすぐ歌い始め
ました。ぷかぷかオルガンを鳴らして、
その合間を縫うようにひとことづつとぎれとぎれ、振り絞るように。そうしたら、
ひとりひとり、子供達がオルガンに寄って来て、ぼくをぐるっと囲んだのです。
40センチくらいのところにあるそのまなこたちに向かって、無我夢中で伝えま
した。彼らは聴いたことのないその曲の歌詞に「うんうん」頷きながら目をキラキ
ラさせて聴いてくれました。
人を励ましに行っていながら逆に「人に励まされ救われた瞬間」でした。
僕の現在の人生は、このときの経験から始まっているともいえます。

あのとき唄をそばで聴いてくれた子供達はすでに20代後半でしょう。どんな人生を
送っているのか、おそらくあの地震の後のあの状況を経験した人ならば、人の役に立
つ痛みの分かる人間になっているのだろうなと想像します。

神戸の話をしましたがそのごもあちこちで大きな地震が起こりました。その経験を活
かして、避難の手順や意識などもずいぶん広まったようにも思います。
人命よりも火災を鎮火するほうが先というふうにも語られていますが、一旦地震が起
こると、なにを先に行うのかはむつかしいかもしれません。
じゃあそんな非常事態の中で生き残るにはどうしたらいいのか、
僕もみなさんもそれを考えて、具体的な案を日々訓練していかないといけないですね。

いつなんどき被災するかも分からない日々の中、元気で動ける自分が自分の分の荷物
をまとめて、被災した場所で傷んだ人の力になれるようにしておかないと、と思いま
す。自然の力は時に猛威をふるい恐ろしいですが、僕たちも自然の一部です。これに
飲み込まれたとしてもサバイブしていかないと。いろんなことを考えてしまいます。

神戸から世界へ。鎮魂と覚醒の日。
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Rika

千里さん、昨日は私も神戸に想いを馳せていました。

このブログを読んでいて泣きそうなくらい千里さんの想いが伝わってきました。
あの時の子供たちもきっと優しい心を持った大人になっていることでしょうね。

温かいメッセージをありがとうございます(*^^*)
by Rika (2014-01-18 08:46) 

haru-mama

今でもTVから流れてきた高速道路が
グニャリと曲がった映像が目に焼き付いています…
忘れてはいけない。忘れられないです。
復興したとは言えまだまだ胸が痛いです。
会社では1.17と3.11は安否確認の訓練が
行われてます…
日々の生活でいろんな面で臨機応変に…
少しでも役に立てる人になりたいです。
by haru-mama (2014-01-18 08:48) 

プリン♪

「僕たちも自然の一部です。」

心に響く言葉です。
by プリン♪ (2014-01-18 08:51) 

にゃんこ

1.17から19年。正直私も千ちゃんがいなかったら
忘れてしまっていたかもしれまん。
あの時は募金くらいしが出来ずあまり
お役にたてませんでした。
実際に自分で3.11を体験し、被災生活の中で
人が助け合う事、繋がり合う事ののありがたさが
見に染みてわかりました。
ただただ頑張れ!の一言でさえも
泪が出るくらい嬉しかったです。
このような事が起きずに生活して行くのが一番ですが
またこのような事が起きてしまった時の為に
災害に備える重要性を私達が
伝え続けなくてはならないと思います。
by にゃんこ (2014-01-18 09:12) 

MICKEY

あの日の衝撃は本当に忘れられません。
横浜で感じたあの長い横揺れ。まさか神戸であんなことになっているとは思ってもいず、つけっぱなしになっていたTVで報道されたアナウンサーの切羽詰まった声、明るくなってから見た光景・・・「うそでしょ??」とつぶやいてしまいました。
実際は私が受けた衝撃なんて神戸の方に比べたら1/100にも満たないのでしょうが、たまらなく怖かったです。

千里さんが炊き出しに参加されたと後から聞きました。実際にそういう行動ができる人、私もそういう人になりたい!ならないと!と思いました。

忘れていました。自然って怖いなって思っていましたが、よく考えたら
千里さんの言う通り、私たちも自然の一部なんですよね。
昨日も地震が何回もありました。
忘れた頃が一番怖いので、17日の震災を思い出すと共に、これからの天災に備えないといけないと改めて思いました。
悲しいですが、地震大国に住む日本人の宿命ですね。

千里さん、色々感じさせていただきありがとうございました。

by MICKEY (2014-01-18 09:17) 

そのみ☆わん

千里さんが当時炊き出しに行かれたのを後になって知りました。そんなあったかい瞬間があったのですね。
あれから年月は過ぎましたが、
大切な人やものを失った事実は変わることがありません。
東日本大震災もそうですが今も痛みとともにいらっしゃる方が大勢おります。
そういう方々に寄り添い、できることなら力になれるような自分でいたい。自分でできることはちいさいけれど身近なところからも何かできるのかも![ダッシュ(走り出すさま)]いろんな形の応援をこれからも考え続けていきたいです。
by そのみ☆わん (2014-01-18 09:49) 

うりこ

あの時お腹にいた子がもうすぐ19歳になります。
幸いなことに私は過酷な経験はしていません。
この寒い時期にご家族や家を失った方々を思うと、精神的にも肉体的にも本当にお辛かっただろうなと思います。

私も平和ボケしている口ですが、改めて平和な日常への感謝と、地震に対する備えを怠らないように気をつけます。
by うりこ (2014-01-18 09:57) 

romi

私の記憶に新しい災害だと、阪神大震災や東日本大震災ですが、これらで随分色んな厳しい現実や災害のときの対処の仕方などをリアルに考えさせられました。
災害に遭われた方達の貴重な体験を無駄にしないよう、私達が活かしていかないといけないんですね。
決して他人事ではないですものね。
by romi (2014-01-18 10:41) 

リアル

昨夜ニュースで小学生の合唱や中学生のこれからこの大震災を語り伝えていきます…。と経験していない神戸の子供達が歌い誓っていました。友人の家族があの時神戸に居て友人は大阪に居て水のペットボトルをかついで神戸まで歩いて行ったそうです。揺れや火事などおさまってからの人の怖さを知ったと…窃盗泥棒強姦…人は時に残酷です。助け合わねばいけない時に更なる悲劇があったと聞きました。リアル過ぎてすみません。東北の震災ではどうだったのかはわかりませんが心痛むのは同じくです。リアルな現実は災害でものをなくすことも復興するために時間がかかりますが、親、兄弟、友人が突然いなくなった、何もかも失った当時の小さな子供達の心の気持ちは今もなお癒えていないという現実があります。他人生を大きく変化しないといけなくなった心の傷は深すぎます。救われるのはその中乗りきってマンUの香川選手の様に活躍している人がいるのも確かにいます。何にせよ日本で生活するには地震とは逃げられない。今後東京、南海トラフと富士山の噴火が近くに起こるかもしれないと懸念されています。考えたら恐ろしく頭中から消していますが、自然相手にはかないません。去年の猛暑今年の寒波は地球温暖化が原因です。知らず知らずの間に人間の欲望から自然を壊し自然に反撃されているのです。思いもよらず何もかも失い生活するのがやっとという人、仕事や社会から突き放され路上生活している人など、内戦やテロなどで震災以外でも苦しい暗いトンネルから出られない人も沢山います。普通の生活が過ごせているのは感謝としか言えません。重い話ばかりすみません。音楽やスポーツはその苦しい中、心を安らげ忘れさせてくれるものです。何があっても助けとなるすごいパワーがあります!千里さんが奏でる、奏でた音楽でどれだけ多くの人の助けになっているか?私は過去も今も本当に助けていただいています。そういう人は多く、これからも増えていくと思います。千里さんの音楽に対しての努力や挑戦は多くの人の助けになっています♪大変だと思いますが、音楽続けまた、他の人にも教え広げて下さい!つらいとき苦しい時には音楽が必要ですから…楽しかった時代に聴いていた千里さんの音楽があったから、今つらくてもその時の千里さんの音楽聴いて安らげます。音楽の力は素晴らしいです(^_^)ありがとうございます♪
by リアル (2014-01-18 10:55) 

博美

千ちゃん、と言うより、千里さん、と、かしこまりたい気分です。
全く同感です。色んな経験されて自分の生活に活かされてるんですね。漠然と時間が過ぎては、いけませんね。なんか出来ることを考えてしなくてはいけないと、考えました。感謝です♬
by 博美 (2014-01-18 15:14) 

花音

岩手からです。大江さんの優しい曲が聞きたいです。

春をかんじる優しい曲を作って下さい。
by 花音 (2014-01-18 16:08) 

アンフィニ

あれから19年経つんですね。時間が経つにつれ被害の規模の大きさや深刻な状況がわかるようになりとても怖くて悲しい思いでした。他に自分に為せれないので募金もしました。千里さんがボランティアに向かっていると情報が入り積極的に努める千里さんのその姿に感動したものです。翌年に出された千里さんのアーティストブックに89か90年辺りの音楽誌に「何かあった時は周りをケアできるように努めたい」という旨が書かれたのが抜粋されていて有言実行したんだと感動しました。今も阪神と東北の方々は大変な思いをなさっていると思います。1日でも心穏やかになられるようにお祈り致します。広島長崎同様後の世に伝えておきたいものですね。
by アンフィニ (2014-01-18 16:36) 

ともぞえ

それぞれがそれぞれの場所でできる事をして、、、

毎日を一生懸命だったり、何気なくだったり、生きて行くってとっても大事な事なんだと思います。
by ともぞえ (2014-01-18 16:51) 

櫂

震災で家族や友人を亡くした方が
どうして自分が生き残ったのだろう、と
負い目を感じてしまうと聞きました。

突然に、命を奪われた方々のご冥福を祈るとともに
今、生きている方ひとりひとりの幸せも願います。

千里さんがボランティアに駆け付けた行動力に感心します。
東日本大震災の時、かえって足手まといになりそうで
行けなかったので、、、
募金はしましたが、被災した全員には行き渡らなかったと思います。

なにが起こるか想像もできないけれど
想定内のことには対処できるように
天災に萎縮することなく
日々を大切に、楽しむことも忘れずに過ごしたいです。
by 櫂 (2014-01-18 21:53) 

cheecacco

あの1.17は本当に忘れられません。最愛な人が無事と分かり、ホッとしながらも、何をしたらいいのか分からなくて、ただただ、おろおろするばかりの自分がいました。
マンション3階に住む夫の後輩は、大きな揺れの後、ベランダに出ると、自分の住む階が2階になっていたと言う話も聞きました。
やっと、神戸へ訪れることができた時も、まだまだ目を覆いたくなるような惨状をたくさん目の当たりにしました。
そして3.11。人間は自然の力には太刀打ちできないんだ、ということを思い知らされました。
でも、千里さんの言うように、わたしたちも自然の一部なんですよね。
その自然とどう共存し、向き合っていくか、どう対処すべきなのかを考えていかなければならないんだと。そして、自分にもいつかやってくるかもしれない災害に備え、今一度、考えなおさなくてはいけないなと思いました。
今後も、自分に出来ることをやっていこう、どんな形でもいいから、続けていこうと改めて考えさせられました。
そして、こうして幸せに生きていられることも、日々、感謝しないといけないですよね。森のお陰で、忘れていたものがたくさん蘇りました。ありがとうございます。



by cheecacco (2014-01-18 22:50) 

いしころ

なんだか ぽろぽろ なみだが でます
by いしころ (2014-01-18 23:27) 

さゆり

千里さんの、そんなところが大好きなんです(^^♪

人の役には立てていなくても、人の痛みのわかる人間でありたいと思っています♡


by さゆり (2014-01-18 23:52) 

ありりん

せんちゃん、あの日は次男が生まれる4日前でした。
もう19歳になります。一生忘れる事は無いです。
神戸も東北も何故こんなに沢山の人が亡くならなければならなかったのか…悲しい…
by ありりん (2014-01-18 23:55) 

せんたろう

阪神大震災、忘れられないです。ちょうどひと月前に旅行した街があんな姿になるなんて。。忘れられなくていいんですよね?忘れないで、ふだんの生活でも、災害にあった時も、自分にできることをやっていくしかないんですよね。何かあった時にもしっかりしていられるちゃんとした大人になりたいです。
千里さんのお話はいつもこころにグッと入ってきます。
これからも、いろんなお話聞かせてくださいね。
by せんたろう (2014-01-19 00:01) 

ふらん

”リアル”の曲で考えてしまう千里さんがとても温かいです。
きっと千里さんの弾くオルガンや歌でたくさんの方が救われたと思います。
微力ですが、忘れず自分にできることをこれからも続けていくつもりです。

by ふらん (2014-01-19 00:31) 

さっち♪

千里さんが森やFB、twitter などで伝えてくれる事で、発信し続けてくれる事でたくさんの想いを神戸へと寄せて...そしてまた大切な事に気づかせてもらいました。千里さんありがとうございます!千里さんの行動力にあたたかさに優しさに (;_q)
by さっち♪ (2014-01-19 02:30) 

よっこ

1月17日TVの各局で追悼の様子が繰り返し放送されていました。
そのニュースの中で、東日本大震災で被災された方が
岩手から神戸を訪れ、犠牲になられた方々に
深い祈りをささげていました。
同じ思いをしたからこそ、そのこころの痛みが痛いくらい
理解できるのでしょうね。

もし万が一、今自分が住んでいる所や
日本のどこかで大きな地震がおきたら
自分には何が出来るか、何をすべきか。
千里さんの今回の記事を読み
改めて考えなおさなくては、と思いました。
by よっこ (2014-01-19 22:08) 

なおこ

千里さん、神戸の貴重な経験教えて下さってありがとうございます。


あれから19年もたったんですね。


私ももう一度、避難の準備や家族との連絡を確認したいと思います。
by なおこ (2014-01-21 00:52) 

homme2002

あれから19年ですね。今もあの衝撃は鮮明に覚えています。

日本の太平洋側も「南海トラフ」が控えており、いつ来てもおかしくありません。

日頃からの備えが大事ですね。
by homme2002 (2014-01-27 18:07) 

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